COLUMN

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Adobe × TIS  Trend & Illustrations

2021.06.25

Trend & Illustrations #7/藤岡詩織が描く「Compassionate Collective」

アドビではビジュアルのニーズを様々な角度から分析を行い、そのトレンド予測をトレンドリポートとして毎年発表しています。2021年のビジュアルトレンドをテーマに、東京イラストレーターズ・ソサエティ会員のイラストレーターが描きおろした作品のコンセプトやプロセスについてインタビューする連載企画「Trend & Illustrations」。第7回目のテーマは「Compassionate Collective(思いを分かち合う)」。ノスタルジックな都会の風景を巧みに描く藤岡詩織さんに作品について語っていただきました。

 

プロフィール

 
1989年生まれ。桑沢デザイン研究所卒業、MJイラストレーションズ16期卒業。書籍装画、挿絵の仕事などを中心にイラストレーターとして活動中。主な受賞歴に、2015年「HB ファイルコンペ Vol.26」仲條正義賞、2016年「第4回東京装画賞」特種東海製紙賞、2017年・2018年「第15回・16回TIS公募」入選。

https://rooppua.wixsite.com/fujiokashiori/
https://tis-home.com/Shiori-Fujioka/

 

「セロトニンブルー」2021年

「セロトニンブルー」2021年

思い入れのあるブルー

──「Compassionate Collective(思いを分かち合う)」というテーマは迷わず選びましたか?

普段描く作品は色が強いので「Mood-Boosting Color(気分を上げる色)」というテーマにも惹かれましたが、コロナ禍の時代にも合いそうなので「思いを分かち合う」というテーマにしました。今回の作品は全体的にブルーを基調としています。ブルーを見るとセロトニン(精神を安定させる働きがある、脳内の神経伝達物質)が分泌されるといわれていて、観る人の頭に色のイメージがスッと入るように描きました。描いた時期が5月ということもあり、コロナ禍でも子どもの健やかな成長を願う鯉のぼりをバックに入れています。

──ブルーは好んで使う色ですか?

ブルーは思い入れのある色ですね。意識しているのは、アニメの「新世紀エヴァンゲリオン」に登場する「綾波レイ」というキャラクターのイメージカラ―です。作品自体が好きというよりも、庵野秀明監督に強く影響を受けています。彼の作品が持つエモーショナルな部分を尊敬しているし、自分のポリシーとして持っておきたい。クリエイティブの根っこの部分で意識しているカラ―です。

──映像作品を観て刺激を受けることはありますか?

自分の目で観てきたもののなかでも映画は大きな割合を占めているので、絵にもその影響が表れています。たとえば、映画のワイドな画角だとか、映画の人物が台詞を言った後の余韻のある静かなシーンだとか。岩井俊二監督と庵野秀明監督がすごく好きです。

──今回描いた人物にはモデルとなる人がいますか?

実は今年「セロトニン」をテーマとした個展を開く予定で、「せろ」という名前でモデル業をしている友人にまつわる展示にするつもりです。その展示作品も兼ねて、彼をモデルにして今回の作品を描きました。彼は表現者として「他人を幸せにしたい」とよく話していて、私も観る人が幸せになる絵が描けたら最高だよなぁ、と共感しています。ただ、イラストレーションは観る人それぞれで受け取る気持ちや解釈が違っても構わないと思うから、自分の思いや意図を押しつけないように気をつけています。
 

WEBマガジン「MASH UP! KABUKICHO」コラム「歓楽街の陥落、そしてその後」ヘッダー用作品 文:鈴木涼美 クライアント:東京ピストル/2019年

WEBマガジン「MASH UP! KABUKICHO」
コラム「歓楽街の陥落、そしてその後」ヘッダー用作品
文:鈴木涼美 クライアント:東京ピストル/2019年

どうやって描くか、何をもって描くか

──今回使用した画材は?

Photoshopで下描きしたデータを出力して、水彩で仕上げています。私ができる仕事の量は決まっているし、睡眠も取りたいし、大好きなお寿司も食べたいし……。人生って短いから、時間短縮という単純な理由で最近は途中までデジタルになりました。中学生のころはペンタブレットで描いていたし、いまはデザインの仕事もしているので、IllustratorやPhotoshopなどデジタルツールを使うことに対しては特に抵抗はありません。

──アナログの画材はどのようなものを使っていますか?

絵具はデザイナーズカラ—を昔から使っています。水彩というよりはポスターカラー寄りの印象ですね。アクリルガッシュよりもデザイナーズカラ—のほうが発色がいいな、と個人的には感じています。水彩ってちょっとの量でたくさん描けるので、もったいなくて余った色はラップして保存しています。おかずを作りすぎたお母さんみたいですよね(笑)。どんどん増えていくので、絵具がガッと出ないように注意しなくてはいけません。

──輪郭線を部分的に描いたりと、ビルの省略の仕方が絶妙ですね。

ビルって、四角い固まりが連なった積み木みたいじゃないですか。レゴやテトリスに近い感覚で描いています。省略に関しては、学生時代によく課題で取り組んだ色彩構成(形やバランスを見ながら色彩を組み合わせ、1つの画面を仕上げるもの)やデッサンで学んだことが活かされているかもしれません。省略は手で描くというよりも“目で描く”という作業で、描かないことが描くことにつながってきます。画面がゴチャゴチャして分かりづらくならないよう、どれだけ描くかは気をつけています。

 

「落ちる橙 蘇芳が沈む」2019年

「落ちる橙 蘇芳が沈む」2019年


──主線の色味を途中で変えたり、使い分ける技法はどうやって身につけましたか?

これはアニメーターの庵野秀明さんや細田守さんの描き方に影響を受けています。アニメーションの表現って監督によってさまざまで、目にした独特な表現は書き留めておくことも。作家性みたいなものは私も欲しくて、他人の作家性が強く出ている描写は気になって研究しちゃいますね。根がオタクなので、漫画やアニメーションの表現は時代に沿った表現とも思います。

──今回の作品は「思いを分かち合う」というテーマでした。藤岡さん自身が、思いを分かち合うことで心が救われた経験はありますか?

岩井俊二監督の映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」を観て、救われた気持ちになりました。男性と女性が結婚して1つ屋根の下で暮らすのが一般的ですが、劇中では女性2人が一緒に暮らします。その生活は否定も肯定もされず、答えが出ないということが私にとって救いになりました。何事も答えを出すことが求められがちな世のなかですが、“答えがないのが答え”でもいいのかと思えたんです。イラストレーションは目的を持って誰かのために描くほうがいいけど、「答えのない絵があってもいいかもしれない」と自分への言い訳を許してくれる映画でした。

──岩井俊二監督の映画の好きなところは?

いつ彼の作品を観ても、青春時代に戻れるところですかね。私が18歳のころはずっと漫画を読んでいましたけど、たとえ自分自身に青春がなかったとしても、彼の映画をとおして架空の青春を感じている。人間が思い描く、人のエモーショナルな部分や美しい何かが映像として表現されていて、ああいう作品が作りたいなって憧れます。

人が持つ感情に寄り添う

──今回の作品のように、2020年にギャラリー・ルモンドで開いた個展「HIGH HEELS」でも特定のモデルにまつわる作品を発表していましたね。

そのときはゲイでダンサーの人をモデルにして、新宿・歌舞伎町をさまよう彼の日常を静かに描いて、詩とともに会場に並べました。彼はストリップダンサーの仕事をしていて、午前1時~7時くらいに活動していることが多いので昼間はあまり外を出歩きません。彼が普段過ごす時間や場所を描いています。場所はその人の人間性が表れるので、丁寧にシチュエーションを選びました。

──彼を描くことになった経緯は?

それまで絵のモチーフにして描きたいと思える人はいませんでしたが、ゲイストリップで初めて観た彼にひと目惚れして、自分の世界観で絵にしたくなったのがきっかけです。ゲイのストリップダンサーとしての彼の自己表現とは別に、私なりに彼を表現したいと思いました。作品にするにあたってゲイっぽさは表に出したくなくて、さみしいとか構ってほしいという感情をどう作品に落とし込むかを大切にしました。彼の視点で気持ちを詩にしたり、同じ感情でも朝と夜などシチュエーションを変えて対になる絵を描いたりすることで、ゲイでもノンケでも人が共通して備えている感情を表現しました。

 

「he is」2020年

「he is」2020年


──今後の目標を教えてください。

詩を書くことが好きで日常的に言葉を綴っているので、いつか自分の詩画集が作れたらいいですね。最果タヒさんや谷川俊太郎さんなど、いろんな詩人が好きで影響を受けています。イラストレーションはずっと続けていきますけど、言葉は言葉で書き続けていきたいです。本は紙質によってインクの染み込み具合も手ざわりも変わってきますよね。本を作るために必要なデザインの時間も好きだから、詩も絵もデザインも自分が手がけて1冊作ってみたいです。
 
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